コラム

医薬品ブランドプランの精度を上げる視点 ~製品ビジョンは絵に描いた餅か?~

株式会社マーケティング・インサイツ 代表取締役

尾上 昌毅

2020.05.06.Wed.

「きみたちが今作っているのは、ブランドプランでなくプロモーションプランだ」


これは筆者がプロマネ2年生(駆け出しプロマネ)のときに、他社から中途で入社したMBAを持つ先輩プロマネに言われた言葉です。
このときは、そう言われても何の意味か私自身しっかりとは判りませんでした。
頭の中に「?」はてなマークはいくつも浮かんだのですが、残念ながらその時は「私の作ったプラン」にどこが不足しているのかを個別に教えてもらうまではできない環境でした。


今になってみると、おそらく「どう売ろうか?」ということばかりが前面に出たプランで
「長期的な製品ビジョン」 「LCM計画」 「コスト計算を含めた製品のP&L」
などが、欠けていたことをその先輩は指していたようです。


ともあれ、プロモーションすなわち、マーケティングミックスの4Pのうちのコミュニケーション戦略、特にその戦術面(こんな施策、あんな施策、そのための資材など)に比重が置かれていたプランだったのは事実です。
では、今の時点で考えるなら、ブランドプランに何を加えておくべきだったのか?と考えて見ますと、それは
「製品(ブランド)ビジョン」 と 「STP」の二つではないかと思います。



製品ビジョン

その製品を世に出し、普及させ、適正に処方されることによって、どんな(今でない新たな)世界を医療の場に作り出したいのか、私達が実現させたい「ありたい姿」です。それはプロマネの「おもい」「こだわり」を明文化した「未来予想図」と言っても良いでしょう。


それは、業界で一番になる(トップブランドになる)といった自社目線でのものでなく、顧客(患者さん、その家族、医療提供者)にどんな喜びを与えるのか、をベースに記述します。


「そんな絵に描いた餅のようなもの」、「あっても一体何の役に立つのか?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。私も駆け出しのプロマネの時はもちろん、何年もその役割を過小評価していました。


製品ビジョンは、毎日我々がやっていることの意味を社内外に向けて「知らせる(発信する)」、「意義付ける」という役割を持ちます。


製品ビジョンがしっかりしていると、社内の人たちが判断をするのを助けてくれます。顧客はもちろん社外の関係者が(全員ではなく)応援してくれるようになります。製品ビジョンに賛同する人を(選択的に)集めることができるようになります。


こうしたビジョンの効果は、企業のビジョンでも一緒ですね。


プロマネは企業ビジョンを作ることはないのですが、ブランドのビジョンは是非作って、そこにこだわり、その「おもい」を社員や自分が面談するKOLなどに伝え、じわーっと浸透させるようにすることが大事です。




みなさんの中にはVUCA(ブーカ)の時代という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃるでしょう。VUCAとは、


「Volatility(変動)」


「Uncertainty(不確実)」


「Complexity(複雑)」


「Ambiguity(曖昧)」


の4つ単語の頭文字をとった言葉です。


変化し続け、不確実さや複雑性を増し、曖昧ななかで判断し進めて行かねばならない、「正解」のない社会の状況を示しています。


この言葉自体は数年前からキーワードとして頻繁に登場していたのですが、2020年に入って今進行しつつある新型コロナウィルスの感染問題はまさにVUCAの象徴と言えるでしょう。


V:国レベルでも、個体でも状況が刻一刻と急激に変わる。変化が激しく目標を決めても暫定でしかないし、予測そのものが成り立たない。


U:PCR検査の正確さ、医療機関と医療従事者のキャパシティー、マスクや医療器機の不足状況。不確実でこうすれば回避できる、うまく行くという確実な解がない。


C:潜伏期間、死亡リスク、危険因子、感染防御、クラスターなどの多種の要因が複雑に絡み合っているため、医療だけでなく、経済、経営、福祉、教育、社会構造などのあらゆるところに広範に同時に影響を与える。


A:いつ頃収束しそうか、収束の目安は、ワクチンや治療薬の開発状況。あいまいで誰も先が読めない中で、多様な考えがあり、見通しが整理されないままに拡大する。


こうした現状把握の難しさ、将来予測の困難さに直面しているのが今の時代であり、こんなときは、解決策としてではなく、方向性を示す「北極星」に相当するビジョンが大事になってきます。逆に言うとビジョン以外に拠り所はないのかも知れません。



なにが、この製品にとっての価値なのかというこだわり、「おもい」を指針とすることの重要性が強く感じられる昨今です。


「新型コロナウィルス感染拡大という想定を超える事態」を目の前にした我々が、思考停止にならず、こんな中でこそ何をすべきかをスピードをもって考え、それを実行に移す指針が欲しいですよね。そんな効果を「絵に描いたもち」ではない「製品ビジョン」に期待したいです。


「自分達はこのビジョン実現に向けて、こだわりながら仕事をしていきます」ということが言語化されていることの効果は大きいのです。


いま起きている事象だけにとらわれないで、本来ありたい姿、アフターコロナの先を見るチカラでしょう。


具体的には製品ビジョンは、こんな感じで表現されると思います。(AEに伴うコンプライアンス低下を改善した薬剤の場合を想定しています...)




「○○治療に際して、患者さんが副作用への懸念から途中で服薬を中止してしまうことの無い世界を実現させるために」



シンプルバージョンでは


「必要な間、ずうっと続けられる○○治療を」


いかがでしょうか?

ブランドプランにぜひ、製品ビジョンを入れてみて下さい。ブランドプランの作り方を実践的に学ぶ講座を5月に開催します。

筆者

株式会社マーケティング・インサイツ 代表取締役

尾上 昌毅

北海道大学薬学部卒業後、プリストルマイヤーズ、キリンビール(現協和発酵キリン)、ノバルティスファーマに勤務。11年のMRを経 験後、教育研修室長、プロダクトマネージャー、マーケティング部長、事業戦略部門長、抗がん剤部門長などを歴任。2009年より現職で医薬品マーケティング研修・コンサルティングを手掛ける。患者さんや医療従事者のインサイトを取り入れた、ブランドプラン作りとプロマネ育成をミッションとして追求している。

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