流通小売業やメーカーの担当者との会話で「一丁目一番地」と言う表現が使われます。この「一丁目一番地」とは、最初に実施すべき最も重要な事柄や、最優先場所を意味する慣用句ですが、小売業とメーカーにおいては主に「重要な商品や製品を陳列する場所(棚)」を指すケースが多いです。
この両者にとって重要な場所が、時代の変化の中で大きく変わって来ました。その変化の過程と、今後の両者における役割や意味について整理しながら、次の時代の取り組みのポイントを考えたいと思います。
この20 年で何が具体的に変わったのか。
日本経済は2000 年10 月に景気の山を越え、その後景気後退の局面に入りました。この時代までは小売業とメーカーの立場を考えると「強いブランドや競争力のある製品」を持つメーカーの方が有利な立場に感じられました。一丁目一番地(ここでは売場のエンドを意味します)にはそうしたメーカーの製品が並び、小売業のバイヤーとの商談でも「テレビCM のGRP(テレビCM の視聴率を合計したもの)の投下量」や「消費者向けの懸賞企画の用意」
が取り組みを後押ししていました。製品個々の説明や差別化よりも、こうしたマス媒体や華やかな販促の施策が商談の決め手に感じられる、そのように映る時代でもありました。
コロナ禍が過ぎ物価高の社会。
まだ私たちの記憶に新しい新型コロナウィルス感染症によるパンデミックの時代。2021 年から2022 年は原材料の高騰や(コロナ禍以降の)生活習慣の変化により様々な商品の値上げが見られました。コロナ禍以前の小売業のエンドに並んでいた商品も色々な理由から値上げが続き、小売業においても一丁目一番地で展開する商品のあり方(棚割)を見直したり、メーカーにおいては小売へのアプローチの方法として、値上げの時代におけるショッパーの
インサイトに注目することで販売価格の訴求に頼らないテーマや展開が見られるようになりました。
例えば、「製品が生活者の何を解決するかをテーマにした冷凍貯金」や「受験生を家族に持つインサイトに注目した受験飯」「お酒を飲まない人もお酒のあるシーンを楽しめるスマドリ」など製品の特性・価格と別に第3 の視点を重視する企画が展開されました。
この1~2 年、商品の値上げが続く時代。
商品の値上げが慢性化することで客単価は伸びても、客数や利益が上がらない時代がやって来ました。小売業はそうした中で利益の追求と他のチェーン店との差別化を目標に掲げPB(プライベートブランド)商品の訴求に全力を注ぐようになりました。従来NB(ナショナルブランド)製品に比較して絶対的な不利な立場にあったPB 商品が、相次ぐ製品の値上げからその価値(品質やコストパフォーマンス)が見直されるようになりました。
今では買い物客の半数がNB 製品と比べてPB 商品を選択することに躊躇はないと言った回答が得られるようになりました。
現在一丁目一番地には小売店のPB 商品が大陳される様子も珍しいものではなくなりました。
メーカー企業の販促施策の変化。
このような背景をもとに、メーカー企業の小売業への取り組みも大きく変化して来ました。
NB 製品の値上げやコモデティ化が、以前のようなブランドに頼る売場づくりやメーカーフェアによる集客や売上づくりを困難にさせ、小売への取り組みについて根本的な見直しが求められるようになりました。
メーカー企業によっては
①自社のNB 製品がPB 商品の販売を支援する
②自社のNB 製品が小売業の販促テーマ(創業祭や歳時、エリア企画)を支援する
など、小売のメリットを念頭に置きPB 商品の訴求を前提にした取り組みへのシフトが伺えます。
これからの時代の小売業とメーカー企業のあり方について
一丁目一番地は小売業・メーカーの双方にとっても重要な事柄や場所であることはこれからも変わることはありません。ただ、社会や買い物における価値観が大きく変わる時代においては、一丁目一番地を重要な場所やポイント(点)としてだけ捉えていても大きな成果にはつながり難いでしょう。それではその成果や効果を最大に引き上げるために何が必要なことでしょうか。
① 競争と協調と言う考え方。小売業においてもメーカー企業において競争はイノベーションを促進して、協調が効率化と持続可能な仕組みを支えることになります。小売業とメーカー企業による協調を販促の領域に限らずに、物流やデータの活用・人材の育成などあらゆる面から考える必要があります。メーカー企業であれば自社が行える活動をあらためて実践して行きたいです。
② 選ばれる店舗・選ばれる商品であり製品について。市場が縮小する中での成⾧戦略として競合の多い小売市場の中で選ばれる店舗になることは非常に重要です。同様に、商品・製品においても選ばれる商品・製品であり続けるためには日々、市場の動きや生活者や消費者のニーズを捉える必要があります。これらを小売側やメーカー企業側からそれぞれの視点で追い掛けるのではなく、共に必要な知識を共有したり、取り組みを一緒に行うなどして、自分の立場と取り組む相手の立場を同時に考える様に心掛けたいと思います。
日本の経済や社会において20 年前のような右肩上がりの成⾧が今後は難しい時代、そこに関わる企業や人の考え方も変わることが必然になります。同時にそうすることで今までとは違う結果や関係づくりを生むことができるはずです。そのためにもう一度商流や店舗や売場で起こっている事実の把握と、1 年先くらいの遠くはない未来を捉えて行動・思案することを重視したいと思います。
筆者
株式会社リテイルインサイト 代表取締役
倉林 武也
美術学校・私立大学卒業後に株式会社クレオに入社。 企画職、営業開発部、教育研修部部長として流通小売業、メーカー、 サービス業のマーケティング、プロモーションの業務に従事。2018年11月に起業、株式会社リテイルインサイト(千代田区大手町)を設立。 コンサルタント、アカウントプランナーとして主に大手メーカー企業、リテイルにおいて、 消費者や買物客のインサイトを起点にした行動デザインの応用や、実務的なデジタルの活用など、 人や組織を動かす仕組みを追求している。
2015年から国内外の主に店頭におけるプロモーション事例を収集・分析。 数多くの店頭リサーチによる考察を業界メディアで執筆、寄稿している。
・販促会議:リテールインサイト徹底解剖~小売を知ればメーカーは変わる~
・ダイヤモンドチェーンストア: 倉林武也のインサイト入門